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パンデミックによる経済危機で石炭火力発電が廃れ、「無炭素エネルギー」への転換が加速する - WIRED.jp

ディッカーソン発電所のゲートのすぐ外にある放水路には、カヤックを漕いでいる人たちがいる。巨大な石炭火力発電所から排出される冷却水をポトマック川へと流すこのコンクリートの放水路はカヤックの練習コースになっており、レースを想定して特別に設計された障害物が置いてある。このメリーランド州ににある発電所は、ワシントンD.C.とその周辺地域に電力を供給している。

ところが、この放水路でトレーニングしているカヤッカーたちは、8月初旬には別の練習コースを見つけなければならない。そのころディッカーソン発電所の63人の従業員は、転職先を探しているはずだ。

ディッカーソン発電所を所有するテキサスが拠点の電力会社は、60年間操業してきた同発電所の3つの発電ユニットを閉鎖すると5月半ばに明らかにした。全米にある多数の石炭火力発電所と同様に、石炭が燃料として急速に使われなくなっている現状のあおりを受けているのだ。

石炭火力発電の需要が急減した理由

ここ数年の石炭火力発電産業は、比較的安価な天然ガスと、近年利用が拡大している再生可能エネルギーに挟み撃ちされてきた。そしていま、新型コロナウイルスの影響による景気後退によって経営に打撃を受けている。

石炭火力発電の需要が急減していることについて、「石炭火力発電産業にとって、いまは極めて重大な時期です」と、ワイオミング大学エネルギー経済学センター長のロバート・ゴッドビーは言う。「この産業は、いまの状況をすぐに変えることはできません」

米エネルギー情報局(EIA)の統計によると、2020年1月からこれまでに発電に使われた石炭の量は、昨年の同時期と比べて40パーセント減少しているのだとゴッドビーは言う。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が発生する前、ゴッドビーをはじめとする専門家が予測していた減少率は15パーセントだった。

連邦政府がパンデミックに関連して石炭会社に実施した資金援助やトランプ大統領による大気汚染規制緩和の取り組みにもかかわらず、電力各社は2020年中に13カ所の石炭火力発電所を閉鎖すると発表している

「(電力会社の経営陣にとって)石炭は最初に使用を廃止しようと考える燃料です。というのも、燃料として最もコストがかかるからです」と、ゴッドビーは指摘する。「石炭火力発電産業が強いられると予想される負担は右肩上がりに増えています。その加速の度合いが、新型コロナウイルスの影響でかなり早くなっているのです」

ふたつの選択肢

環境保護団体「シエラクラブ」の脱石炭キャンペーンで上級代表を務めるスティーヴン・ステットソンによると、20年1月からこれまでの全米の発電量は、石炭による発電よりも再生可能エネルギー(風力、太陽光、水力)のほうが多い。

また連邦政府の調査では、この10年で大規模風力発電所の費用は40パーセント減少、太陽光発電所の費用は80パーセント減少している。中国製の太陽光パネルの価格の低下や、大型で高効率な風力タービンの導入によって、再生可能エネルギーはますます安価になっている。

「いまでは再生可能エネルギーで効率よく低コストで発電できる技術があります。いまあるものでできるのです」と、ステットソンは言う。そして、米国のエネルギーミックスにおける太陽光や風力の割合を、さらに増やすべきであると主張する。

石炭使用量の減少で、電力会社が将来の計画を立てる際の選択肢はふたつになった。ひとつは、燃焼による大気汚染が石炭より少ない天然ガスの発電プラントの建設を増やす方法だ。しかし、天然ガスを採掘する際に温室効果ガスのメタンガスを排出し、発電のために燃焼する際に二酸化炭素(CO2)を大量に排出するデメリットがある。

もうひとつは、CO2を排出せずに天然ガスを燃焼させる技術や、風力や太陽光による発電から得た電力をあとで使うために蓄えておく技術に投資する方法だ。

新技術への投資も加速

米中西部では、風力発電の余剰電力を蓄電池に蓄える技術への投資が進められている。ミネソタ州の電力協同組合「Great River Energy」は、同組合の石炭火力発電所を風力発電所に転換すると発表した。

この風力発電所の風力タービンには1メガワットの蓄電池が併設される。従来からあるリチウムイオン蓄電池の持続時間は約4時間だが、この新しい蓄電池なら蓄えた電力を地元の70万顧客に150時間供給できる。石炭火力発電所の閉鎖に際しては、新型蓄電池を併設した風力発電プラントのほか、大気を汚染しにくい天然ガス発電プラントによって電力供給を維持する。

Great River Energyのエネルギーミックスのうち、石炭の割合は現時点で約60パーセントだ。それを23年には0パーセントまで減らし、風力の割合を約25パーセントから約60パーセントにまで増やす予定だ。

そして電力を蓄えるための蓄電池として、携帯電話やノートPCに使われるリチウムイオン電池の代わりに、マサチューセッツ工科大学(MIT)発のスタートアップであるForm Energyが設計した水系空気蓄電池を採用した。このバッテリーは主な成分として水を用いており、大量の電気を蓄えられる。Form Energyはビル・ゲイツの支援を得ており、新型バッテリーを風力発電設備と組み合わせるプロジェクトはいまのところ実験段階にある。

ミネソタで進められているこの蓄電池の実証試験は小規模ではあるものの、エネルギー産業にとって革新的な技術に結びつく可能性があるの見方もある。「これは投機的な側面もある選択肢です」と、プリンストン大学機械・航空工学科の助教授で無炭素エネルギーへの移行を研究しているジェシー・ジェンキンスは説明する。「まったくうまくいかない可能性もありますが、電力会社が積極的な手を打っている一例といえます」と、ジェンキンスは説明する。

米国の中部大西洋沿岸地域と中西部で電力会社6社を傘下に置くExelonは、グリーンエネルギー関連のある新技術への投資を進めている。その新技術を利用すれば、CO2のリサイクルによって天然ガスの燃焼をさらにクリーンにできる可能性があるからだ。Exelonが投資している新技術とは、次のようなものだ。

従来の天然ガス発電所は、燃焼の副産物としてCO2を排出する。これに対してテキサス州ヒューストン郊外にあるNET Powerの発電所では、CO2を再利用している。発生したCO2を超臨界状態の流体に変換し、それでタービンを回すことでも発電しているのだ。この技術では、残った流体のCO2を大気中に排出せず地下に貯蔵できるほか、炭酸飲料に注入したり、化学プロセスで用いるなどして転用できる。

「無炭素エネルギー」という目標の現実味

無炭素エネルギーを目指す流れに徐々に方向転換している電力会社もある。米南東部の6州に電力会社7社を擁するSouthern Companyは5月、ノースカロライナ州を拠点とするDuke Energy、ヴァージニア州を拠点とするDominion Energyとともに、供給する電力を50年までにすべて無炭素エネルギーにする計画を発表した。

Southern Companyの最高経営責任者(CEO)トム・ファニングは、同社が石炭火力発電から天然ガス発電への転換のみならず、植林を進め、大気からCO2を除去する直接空気回収(DAC)という技術に投資することを表明した。ファニングは「わたしたちが将来にわたり、顧客、従業員、地域社会、出資者の需要に応じるための準備と態勢を整えていること、CO2排出量実質ゼロの未来への移行に成功することを確信してやみません」と述べている。

とはいえ、一部の環境保護団体はSouthern Companyの発表に懐疑的だ。その主な理由は、ジョージア州、アラバマ州、ミシシッピー州の電力会社が、気候変動に関連するCO2排出削減の問題にこれまでほとんど関心を示してこなかった点にある。「電力各社がCO2排出を重大な問題として話題にしているのはいいことですが、こうした動きは長年なかったことですから」と、シエラクラブのステットソンは言う。

アラバマ州の当局者は6月中旬、Southern Companyが保有する電力会社1社に対して、新型の風力発電や太陽光発電への投資ではなく、天然ガス発電プラントの新設を許可している。その電力会社は、いまだに9カ所の石炭火力発電所を操業している。ステットソンはSouthern Companyとその傘下の電力会社について、「気候変動の解決に必要で経済的側面から妥当といえる計画をまったく示していません」と指摘する。

これに対してSouthern Companyの広報担当スカイラー・ベーマンは、同社のCO2全排出量は19年に07年と比べて44パーセント減だったと説明する。「わたしたちが目標とする2030年よりも前、早ければ2025年に50パーセント削減を達成できる見込みです」と、ベーマンは言う。「監督官庁の支援を得ながら、こうした数々の目標の達成に努めます。というのも、このような目標は得意先である顧客や地域社会のためになるからです」

新たな方法の推進に向けた好機に

無炭素エネルギーという目標は新しい技術のみならず、州や連邦政府による適切なインセンティヴによって達成が早まる可能性があると考えるエネルギー問題の専門家もいる。

カリフォルニア大学バークレー校環境政策センターの研究員とコンサルティング会社2社が作成した新たな報告書には、電気代を上げたり、化石燃料の発電所を新設したりせずに、35年までに全米の電力の90パーセントをクリーンな無炭素電力にするために必要な方法の概要が記されている。

この報告書によると、風力および太陽光発電所や蓄電施設の構築は、1兆7,000億ドル(約181兆6,800億円)の経済投資となる。これによって電力産業の雇用が2035年の1年間で53万人まで増えるはずであると、ソニア・アガワルは指摘する。アガワルは6月第2週に発表されたこの報告書の作成にかかわったエネルギー関連コンサルティング会社Energy Innovationのヴァイスプレジデントで、同社の政策プログラムを率いている。

現在の景気後退はエネルギー産業において、いまとは違う方法を将来どのように推進するのか考える好機ではないかと、アガワルは分析する。クリーンエネルギーの税額控除の促進、エネルギー基準の設定、既存の化石燃料発電所が抱える負債償還のための政府融資の実行に関して、グリーンエネルギー技術産業は立法者の支援も必要とするはずだ。

「この報告書の背景にあるのは、わたしたちの目の前にあるチャンスについて考えるべきであるということです」と、アガワルは語る。「わたしたちが景気回復のための投資法を理解しなければならなくなっている状況を、このチャンスと結びつけて考えるべきです。このチャンスは米国にとって素晴らしいものなのです」

現状を楽天的に捉えられる理由

アガワルは石炭火力発電がさびれつつあるいま、新しい天然ガス発電と再生可能エネルギーとの間で競争が発生していると指摘する。「無炭素エネルギーと多くの新しい天然ガスエネルギーとの競争が生じています。発電所の経営は難しいですし、気候変動解決という目標もいまだに達成できていません」と、アガワルは語る。

「ただ、風力発電、太陽光発電、蓄電装置がとても安価になっているので、無炭素エネルギーを軌道に乗せるためのコストはそれほどかからなくなっています。無炭素エネルギーは実現可能なのです」

一部の州議会や連邦議会で政治的な障害があるにもかかわらず、アガワルは現状を楽天的に捉えている。ワシントンD.C.でエネルギー政策に関する新たな考えが生まれていることや、市場原理がきっかけとなって今回の危機を脱しうるのではないかと考えているからだ。

「驚くべき時代になりました」と、アガワルは再生可能エネルギーの存在感の高まりと石炭エネルギーの減少について言う。「この問題は、わずか数年前には話題にすらならなかったのですから」

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